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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)238号 判決

原告

浜田実

被告

特許庁長官

右当事者間の昭和57年(行ケ)第238号審決(実用新案登録出願拒絶査定不服審判の審決)取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

特許庁が、昭和57年9月2日、同庁昭和54年審判第8272号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和49年11月25日、考案の名称を「アプセツト形ボルト」とする考案(以下「本願考案」という。)について実用新案登録出願(昭和49年実用新案登録願第143165号。以下「本件実用新案登録出願」という。)をしたところ、昭和54年5月18日拒絶査定を受けたので、同年7月17日これに対する不服の審判を請求する(昭和54年審判第8272号事件)とともに、昭和57年6月21日本願考案の明細書の補正(全文補正)をしたが、同年9月2日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同年10月16日原告に送達された。

2  本願考案の要旨

曲率半径をボルト呼び径の略1/2とするくぼみ底部(3)の上部にボルト呼び径の1.7倍~2倍の曲率半径を有する前記くぼみ底部(3)とは逆に彎曲した中間曲面(4)を続かせるとともに該中間曲面(4)の上部に頭部厚みの略1/4に相当する立ち上り部(5)を頭部形状に沿つて続かせてなる深さを頭部厚みの略2/3とするくぼみ(1)を頭部(2)の頂面に打設したことを特徴とするアプセツト形ボルト。(別紙図面参照)

3  本件審決理由の要点

本願考案の要旨は、前項記載のとおりと認められるところ、これに対して、当審において、(1)くぼみ底部の曲率半径をボルト呼び径の略1/2としたこと、(2)中間曲面の曲率半径をボルト呼び径の1.7倍ないし2倍としたこと、(3)くぼみ底部は下側に向かつて、また、中間曲面は上側に向かつて凸曲面にし、該底部と中間曲面とを続かせたこと、(4)立ち上り部(の高さ)を頭部厚み略1/4としたこと、(5)くぼみの深さを頭部厚みの略2/3としたことは、実用新案登録請求の範囲の記載よりみて、本願考案の構成に欠くことのできない事項であるが、これらの事項によつて得られる効果が明細書に記載されていないので、本件実用新案登録出願は、明細書及び図面の記載が実用新案法第5条第3項及び第4項に規定する要件を満たしていない旨の拒絶理由を通知したところ、審判請求人(原告)は、昭和57年6月21日付手続補正書により明細書の全文を補正した。そこで、補正された明細書及び図面について検討してみると、前記(1)ないし(5)は、実用新案登録請求の範囲の記載からみて、本願考案の構成に欠くことのできない事項の一部であることに変わりがないにもかかわらず、これらの事項、特に(1)ないし(3)及び(5)によつて直接得られる効果は、依然として明細書には記載されていない。すなわち、明細書第4頁第8行ないし第18行において、「デツドメタル域が形成されない流れとして形成加工される」、「頭部(2)は軸部付根から破断されるおそれのない」等の効果が得られる旨記載されているが、これらの効果は、従来のアプセツト形ボルトが有した欠点を解消して得られる効果、すなわち、本願考案が目的としている漠然とした効果であつて、この記載を、くぼみ底部の曲率半径、くぼみの深さ等を数値限定したことによつて直接得られる効果の記載とは認めることができない。また、「ボルトのくさび引張強さ……劣ることはない」との記載は、頭部にくぼみのないボルトとの比較効果に関する記載にすぎない。以上のように、前記(1)ないし(3)及び(5)は、本願考案の構成に欠くことのできない事項の一部である以上、これらの事項が奏する効果については、通常の知識を有する者が容易に実施し得る程度に、実験データを示すか、あるいは理論的根拠によつて明細書に記載すべきところ、それが記載されておらず、また、その効果は自明でもない。

したがつて、本件実用新案登録出願は、明細書の記載が実用新案法第5条第3項に規定する要件を満たしていない。

4  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、本願考案の明細書には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に本願考案の効果が記載されていないとの誤つた認定判断をした結果、本件実用新案登録出願は実用新案法第5条第3項に規定する要件を満たしていないとの誤つた結論を導いたものであるから、違法として取り消されるべきである。すなわち、

本件審決は、本願考案の明細書には、本願考案の構成に欠くことのできない事項中、本件審決摘示の(1)ないし(3)及び(5)の事項によつて直接得られる効果が記載されていない旨認定判断しているが、本願考案の効果は、本願考案の明細書第4頁第2行ないし第5頁第18行に、当業者が容易にその実施ができる程度に記載されている。これを本件審決摘示の右事項ごとに説明すると、次のとおりである。(1)本件審決摘示の(1)の事項である「くぼみ底部の曲率半径をボルト呼び径の略1/2としたこと」による効果は、本願考案の明細書に、「打設の際のパンチ直下において材料をデツドメタル域が形成されない流れとして成形加工されるものであつて、その頭部(2)の加工時に生じる最大加工域である応力集中部も前記くぼみ底部(3)に沿つた近い部分即ち頭部(2)の軸部付根から離れたところとなつているため、頭部(2)は軸部付根から破断されるおそれもないものであつて」(第4頁第7行ないし第14行)と記載されている。なお、右の略1/2という数値を採用したのは、曲率半径を無制限に大きくすると直線に近くなるため、くぼみ底部が平面状となつて、そこに材料が流れないデツドメタル域が形成され、頭部の加工時に生じる最大加工域である応力集中部が軸部の付根直上まで降下することとなつて付根から頭部が破断するという従来技術の難点が生じ(明細書第2頁第3行ないし第7行)、逆に、曲率半径を無制限に小さくすると点状となつて、ほとんどくぼみがなくなり、いずれの場合も所期の効果を期待することができないので、頭部内にあつて軸部付根からの距離を十分確保することのできる好ましいくぼみ底部としての常識的な大きさを表すためにすぎない。(2)本件審決摘示の(2)の事項である「中間曲面の曲率半径をボルト呼び径の1.7倍ないし2倍としたこと」による効果も、前記本願考案の明細書第4頁第7行ないし第14行に記載されている。なお、右の1.7倍ないし2倍という数値は、曲率半径をボルト呼び径の略1/2としたくぼみ底部と頭部厚みの略1/4に相当する立ち上り部とを滑らかに継ぐためにおのずから定まるものである。(3)本件審決摘示の(3)の事項である「くぼみ底部は下側に向かつて、また、中間曲面は上側に向かつて凸曲面にし、該底部と中間曲面とを続かせたこと」による効果も、同じく前記明細書第4頁第7行ないし第14行に記載されているとおりであつて、頭部に、軸部付根から十分距離を確保しながら、立ち上り部に続きなるべく大きいくぼみをデツドメタル域が形成されない曲面として形成しようとすると、右(3)の事項のようになるのである。(4)本件審決摘示の(5)の事項である「くぼみの深さを頭部厚みの略2/3としたこと」による効果は、本件考案の明細書に、「前記のような深さのくぼみ(1)はボルトとしての軽量化と材料の節約を大きくはかれるものである。「(第5頁第13行ないし第15行)と記載されている。なお、くぼみが大きければ大きいほど、右の効果が大きいことは明らかであるが、機械的強度や頭飛びを考慮してくぼみの深さを頭部厚みの略2/3とすることは、頭部にくぼみのあるボルト設計上の技術常識である(甲第17号証の1及び2並びに第18号証)。次に、本件審決は、明細書の「ボルトのくさび引張強さ……劣ることはない」(第4頁第14行ないし17行)との記載について、くぼみのないボルトとの比較効果に関する記載にすぎない旨認定しているが、右記載は、本願考案のアプセツト形ボルトの機械的強度が、願書添付の図面中第3図及び第4図に図示した従来のアプセツト形ボルトに比較して優れたものであることを説明したものであつて、本件審決の右認定は、右記載内容を誤認したものである。また、本件審決は、本願考案の効果については、通常の知識を有する者が容易に実施し得る程度に、実験データを示すか、あるいは理論的根拠によつて明細書に記載すべきところ、それが記載されていない旨認定判断しているが、本願考案の明細書には、実験データ等を示さなくとも、当業者が容易にその実施をすることができる程度に本願考案の効果が記載されており、実用新案法第5条第3項の規定も、すべての考案について実験データ等を要求しているものとは解されない。被告は、右規定の解釈を示したうえ、本件実用新案登録出願は右規定に定める要件を満たしていない旨主張するが、右規定は、明細書の考案の詳細な説明には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、その考案の目的、構成及び効果を記載しなければならない旨定めるにすぎず、効果についていえば、考案の一切の構成に対応した効果をすべて記載しなければならないとするものではなく、考案の特有の効果を記載すれば足りるとするものであり、かつ、当業者が明細書記載の考案の構成からみて容易にその実施をすることができる程度に効果が記載されているか、あるいはその記載から効果を認識し得る限り、構成要件中の数値を界としての効果の変化についてまで記載することを必要とするものではないのであつて、これを本件についてみると、本願考案は、構成要件中の数値限定の部分についてのみ新規性があるのではなく、数値限定の部分を除いた構成自体に新規性があり、そのくぼみ(1)の特殊な形状を当業者が理解しやすいように表現する便法として数値を使用しているにすぎないのであるから、数値を界としての効果の変化についてまで明細書に記載することは要求されていない。なお、本願考案の明細書の効果に関する記載が、当業者が容易にその実施をすることができる程度のものであることは、本願考案の実施権者である株式会社青山製作所が、本件実用新案登録出願後、米国において、本願考案の明細書とほぼ同一のクレーム及び作用効果を記載した明細書をもつて特許出願をしたところ、米国特許第4228722号として登録されたこと(甲第15号証)、及び右会社が、技術的手引書として発行しているデイープリセスマニユアル(甲第16号証)に記載された構成及び作用効果の記載が、本願考案の明細書の記載と実質的に異ならないにもかかわらず、十分通用していることからも明らかである。また、被告は、本願考案の「特殊の構成」について検討を加えているところ、原告が昭和54年3月31日付意見書及び本件審判請求書において被告が引用するとおりの主張をしたことは認めるが、原告主張の「特殊の構成」というのは、本願考案の要旨のとおりのくぼみ(1)の形状そのものをいうものである。更に、被告は、その主張に係る構成要件①ないし③は公知又は周知である旨主張するところ、構成要件①が公知であることは認めるが、構成要件②及び③は公知又は周知ではない。この点について詳述すると、本願考案は、明細書第1頁第13行ないし第2頁第15行の記載から明らかなように、アプセツト形ボルトの軽量化及び材料の節約を図るほか、強度を大にすること及び成形加工を容易にすることを目的とし、この目的を達成するため、打設の際に形成されるデツドメタル域を少なくし、応力集中部を軸部の付根から遠ざけて頭飛びをなくし、かつ、頭部の角部を十分に出して頭部とくぼみとの間の肉厚を均一化するとともに、肉薄化したものであり、換言すれば、くぼみ(1)を前述の「特殊な構成」とすることにより、くぼみ底部(3)の曲率半径が、従来のアプセツト形ボルトのくぼみ底部に比べ、小さくなつて、逆に湾曲した中間曲面(4)とともに、被告がデツドメタル域の形成されない加工効果を疑いなく推認することができるという円錐形のくぼみ底部に近い加工効果をポンチの打ち込み初期に期待し、更に、このくぼみ底部(3)に続く前述の中間曲面(4)によつてフアイバーフローが無理なく横方向に向けられることにより、単なる円錐形のくぼみ底部では全く期待することができない外側への張出しを行えるようにしたものであつて、このことは、明細書の記載から当業者が極めて容易に理解することができるはずである。また、被告は、乙第6号証、第7号証及び第9号証を挙示して、本願考案の「特殊な構成」は公知又は周知のボルト頭部のくぼみ形状の単なる組合せにすぎない旨主張するが、被告の右主張は、本願考案の「特殊な構成」のくぼみ(1)を部分的に分けて考察するものであり失当であるばかりか、乙第9号証記載のボルトは、本願考案の明細書に従来技術として記載したものと同種のものであつて、そのくぼみは、曲率半径がボルト軸部より大きい、全体が半円形のものであり、更に、乙第6号証及び第7号証記載のボルトは、一般にアプセツト形ボルトと称されているものではなく、プラスドライバー係合穴を有する十字穴付ねじといわれているものであつて、中間曲面がくぼみ底部の一部である十字部分との接合部のみにあり、本願考案の中間曲面(4)とは構成を異にし、このような中間曲面をもつてしては、フアイバーフローを横方向に向けて外側への張出しを行い、頭部形状に沿つた立ち上り部(5)を形成するということは、全く期待し得ない。更に、被告は、乙第6号証、第10号証及び第11号証を挙示して、中間曲面(4)の上部に立ち上り部(5)を頭部形状に沿つて続かせた構成は、周知の形状である旨主張するが、本願考案のくぼみ(1)の変形球面形状部の構成があつてこそ、頭部形状に沿つた肉厚が均一で肉薄の立ち上り部(5)を形成することができるのである。なお、被告は、乙第6号証及び第10号証には、頭部形状に沿つた立ち上り部が示されている旨主張するが、本願考案にいう「頭部形状に沿つて」とは、明細書に、「六角形の頭部(2)の外面形状に沿う六角形の壁面よりなる立ち上り部(5)」(第3頁第8行及び第9行)、「頭部形状に沿つたもの即ち相似の同形のもの」(第4頁第20行ないし第5頁第1行)、「立ち上り部(5)の肉厚を均一として頭部(2)の角部を適確に出たもの」(第5頁第4行及び第5行)などと記載されていることから明らかなように、縦断面から見ても平面から見ても、頭部形状に沿つているものであるから、縦断面のみを見て右のようにいう被告の主張は、失当である。以上のように、本願考案の「特殊な構成」であるくぼみ(1)は、被告挙示の乙号各証からは知ることができないものであつて、公知又は周知のものではない。更に、被告は、その主張に係る数値で示された本願考案の構成要件(1)ないし(4)のそれぞれに対応する効果が本願考案の明細書に記載されていない旨主張するが、本願考案の数値は、前述のように、他の要件とともに、くぼみ(1)の形状を表すために用い、これによつてその形状を特定しているものであり、また、くぼみ(1)の形状は、一連の面であり、この全体形状によつて本願考案の明細書記載の効果を発揮するのであつて、各数値が単独で一定の効果を発揮するとは限らず、特に、本願考案の「特殊な構成」のうち、「略1/2」及び「1.7倍~2倍」の数値を伴う構成は、数値を借りなければその形状を表現することができないために、その数値を借りたまでであり、更に、「略2/3」の数値を用いた理由は、前述のとおりであり、更にまた、「略1/4」の数値を用いた理由は、立ち上り部(5)を頭部形状に沿つたものにするため、及び明細書第4頁第20行ないし第5頁第12行に記載されている理由によるものである。なお、考案の要旨において数値限定をしても、その点に関する実験データあるいは理論的根拠を明細書に記載しなくとも、当業者が考案の要旨を容易に理解することができるものとされた事例は、数多く存するのであつて(甲第7号証ないし第14号証)、本願考案も、右の事例と同様である。

第3被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

1  請求の原因1ないし3の事実は、認める。

2  同4の主張は、争う。本件審決の認定判断は、正当であり、原告主張のような違法の点はない。

実用新案登録出願の願書に添付する明細書及び図面、殊に、明細書の考案の詳細な説明は、当該実用新案登録出願に係る考案の内容を第三者に正確に開示すること、あるいは把握せしめるとを第1義とするものであるところ、考案は、目的とする効果を先行の技術手段によつて一層的確に達成しようとするものであつて、常にその考案に特有の効果を具有すべきものであるから、考案の内容を第三者に正確に把握せしめるためには、その考案の構成のみならず、その考案の目的及び特有の効果の説明が必要となり、したがつて、実用新案法第5条第3項の規定は、明細書の考案の詳細な説明には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、その考案の目的、構成及び効果を記載すべき旨定めているのである。そして、右の当業者が容易にその実施ができる程度とは、当業者が、考案の構成のみならず、その構成によつてのみ得られる特有の効果を容易に確認することができる程度、あるいは疑いなく推認することができる程度を意味するものと解され、これを換言すると、考案の構成及び効果を従来のものとの対比において開示することは必ずしも必要ではないが、そのような構成を採つた理由あるいは根拠を当業者が疑いなく推認することができる程度に開示する必要があるものと解される。したがつて、考案がその構成に欠くことのできない複数の事項から成り立つている場合には、明細書の詳細な説明には、考案の構成全体が奏する効果はもちろんのこと、各事項に対応した効果も、当業者が容易に確認あるいは把握することができる程度に記載すべきものと解される。なぜならば、各事項が奏する効果が不明のときは、構成全体が奏する効果を正確に把握することが困難となるからである。もつとも、考案の構成自体から当業者が考案の効果を容易に理解することができ、実施の容易性を妨げることのないような場合には、たとい、効果の記載が形式的に存在せず、また、十分でなくとも、実用新案法第5条第3項の規定に違反するものではなく、更に、考案の詳細な説明及び図面から把握することのできる考案が、その構成要件を上位概念でクレームしても登録性があるような場合には、実際には下位概念でクレームされ、効果は上位概念に対応するものが記載されていたとしても、明細書は完全を期しているとはいえないが、右規定に違反するものではないと解される。しかし、下位概念でクレームされてはじめて登録性がある場合には、下位概念に対応した効果の記載が要求されているものと解され、この場合には、前述のとおり、考案の構成及び効果を従前のものとの対比において開示することは必ずしも必要ではないが、そのような構成を採つた理由あるいは根拠を当業者が疑いなく推認することができる程度に開示する必要があるものと解され、例えば、特公昭48―5425号特許公報、特公昭48―5427号特許公報及び実公昭48―2908号実用新案公報(乙第1号証ないし第3号証)にみられるように、考案の構成要件を数値でもつて限定してはじめて登録性がある場合には、他の数値を採る場合と比較しあるいは臨界的意味を示して、更には最良の数値であることを示して、いかに特有の効果を収め得るかを明らかにすべきものである。これを本件についてみると、本件実用新案登録出願は、昭和54年5月18日、実公昭48―39959号実用新案公報、実公昭48―20823号実用新案公報及び米国特許第2216382号明細書(乙第4号証ないし第6号証)を引用されて拒絶されたものであるところ、原告は、この拒絶理由の通知に対して昭和54年3月31日付意見書を提出し、「本考案は実用新案登録請求の範囲に記載したとおりの要旨のものであつて、頭部(2)の頂面に打設したくぼみ(1)の特殊な構成は前記各引用例からは知ることができない」旨主張し、また、本件審決請求書においても、「本願考案は……実用新案登録請求の範囲に記載したとおりの要旨のものであり、本願考案はその要旨とするような特殊な構成によつて明細書に詳記のとおりの優れた独特の作用効果を発揮できる……」旨主張しているので、右の「特殊な構成」が具体的にどのような構成を指すものであるかについて検討するに、仮に、「特殊な構成」が、数値には無関係に、くぼみの形状を指しているものと想定すると、本願考案は、①くぼみ(1)をボルト頭部(2)の頂面に打設したこと、②くぼみ底部(3)の上部に前記くぼみ底部(3)とは逆に彎曲した中間曲面(4)を続かせたこと、③中間曲面(4)の上部に立ち上り部(5)を頭部形状に沿つて続かせたこと、以上の3つの構成要件から成り立つていることになるところ、右の3つの構成要件からなる考案が登録性を有するかどうかについてみると、右①の構成要件は、原告自ら明細書で述べているように、本件実用新案登録出願前周知であり、また、右②の構成要件による効果については、明細書には、「……その打設の際のパンチ直下において材料をデツドメタル域が形成されない流れとして成形加工されるものであつて、……」(第4頁第7行ないし第9行)と記載されているが、この構成要件によると、どうしてデツドメタル域が形成されないのか、当業者といえども推認することができないものであり、むしろ、デツドメタル域が形成されない加工効果を期するためには、くぼみの形状は、前掲乙第6号証、実公昭41―483号実用新案公報(乙第7号証)及び実願昭47―11664号(実開昭48―87452号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム(乙第8号証)に示されているような、ねじ部に向かつて凸の円錐形がより適しているものと認められ、この形状ならば、その効果は、明細書に記載がなくとも疑いなく推認することができるが、ボルト頭部のくぼみが、本願考案の底部と同様にねじ部に向かつて凸の半円形に形成されたボルトは、日本規格協会発行の日本工業規格「六角穴付きボルト」付表1(乙第9号証)により、また、本願考案の中間曲面に相当する上側に向かつて凸の、曲率の異なる複数個の曲面を有するボルトは、前掲乙第6号証によりそれぞれ本件実用新案登録出願前公知であり、更に、冷間加工の容易性を考慮して、くぼみの形状を傾斜角度の異なる二平面あるいは曲率の異なる二曲面から構成したボルトは、例えば、前掲乙第6号証及び第7号証にみられるように本件実用新案登録出願前周知であるから、これら公知あるいは周知のボルトとの差異を明らかにする意味からも、また、考案の構成要件というにふさわしいものにするためにも、前記②の構成要件の奏する効果は、当業者が容易に確認することができる程度に明らかにする必要があるところ、それがなされていない以上、前記②の構成要件には格別の効果はなく、この点は、従来公知あるいは周知のボルト頭部のくぼみの形状の単なる組合せにすぎないものと認められ、更に、前記③の構成についても、中間曲面の奏する効果が前述のように不明である以上、単なる中間面の上部に立ち上り部を頭部形状に沿つて続かせたことと同等であると認められ、結局、この構成要件も、例えば、前掲乙第6号証、実願昭47―104269号(実開昭49―58955号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム(乙第10号証)並びに特公昭46―36449号特許公報(乙第11号証)にみられるように本件実用新案登録出願前周知である。このようにみてくると、前記①ないし③の構成要件からなる考案は、従来公知あるいは周知のボルトの単なる組合せであつて、実用新案登録を受けることができないものであるから、前述の「特殊な構成」とは、くぼみの形状を指すものではなく、「数値」、すなわち、(1)くぼみ底部の曲率半径をボルト呼び径の略1/2としたこと、(2)中間曲面の曲率半径をボルト呼び径の1.7倍ないし2倍としたこと、(3)立ち上り部を頭部厚みの略1/4としたこと、(4)くぼみの深さを頭部厚みの略2/3としたことを指しているものと認められる。そこで、右構成要件(1)ないし(4)に対応した効果が明細書に記載されているか否かについてみるに、本願考案は、主としてデツドメタル域が形成されない流れ加工効果と付根から頭部(2)が破断しない効果とを収めようとするものと推定されるが、それが特有の効果というにふさわしいためには、デツドメタル域がどの程度形成されないのか、あるいはどの程度まで破断しないのか等を明らかにする必要、すなわち、ボルト呼び径の1.7倍ないし2倍という数値を採つた根拠を示すとか、あるいは前記数値を採る場合は、それ以外の数値を採る場合に比べていかにデツドメタル域が形成されず、破断しなくなるのか等を明らかにする必要がある。しかるに、本願考案の明細書には、「デツドメタル域が形成されない流れとして成形加工され」、「頭部(2)は軸部付根から破断されるおそれのない」、「機械的強度はくぼみ(1)が打設されないボルトに劣ることはない」、「機械的強度を大とする効果がある」、「生産性もよいものである」等の本願考案に期待する希望的効果がただ漠然と記載されているにすぎず、このような希望的効果の記載からは、本願考案の特有の効果を読み取ることはできず、また、「数値」自体からは、当業者といえどもその効果を理解することはできない。以上によれば、本願考案が「くぼみ」の形状だけで登録性を有するならば、数値に対応した効果が記載されていなくとも、実用新案法第5条第3項の規定に違反するものではなく、また、数値限定の効果が形式的に記載されていなくとも、それが当業者に明らかな場合には、右規定に違反するものではないが、本願考案は、数値限定した点を構成要件としながら、その効果が当業者にとつて明らかでないのであるから、右規定に定める要件を満たしていないものということができる。なお、原告は、甲第7号証ないし第14号証を挙示して、数値限定をしても、その点に関する実験データ等が明細書に記載されていない実例がある旨主張するが、右甲号各証の例は、本願考案とは事案を異にし、数値に対応した効果を記載する必要のないものであつて、本願考案の明細書には妥当しないものであるから、右のような例があるからといつて本願考案の明細書が実用新案法第5条第3項の規定に定める要件を満たしているということにはならない。

第4証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(争いのない事実)

1  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

2 原告は、本件審決は、本願考案の明細書には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に本願考案の効果が記載されていないとの誤つた認定判断をした結果、本件実用新案登録出願は実用新案法第5条第3項に規定する要件を満たしていないとの誤つた結論を導いたものである旨主張するところ、以下に説示するとおり、原告の主張は、理由があるものというべきである。

成立に争いのない甲第4号証及び第5号証(本願考案の明細書及び図面)によれば、本願考案の明細書の考案の詳細な説明の項には、(1)本願考案は、スパナなどの工具をボルト頭部にかけて使用するアプセツト形ボルトの改良に関するものであるところ、従来、この種のアプセツト形ボルトとしては、その軽量化及び資材の節約を目的として頭部にくぼみを打設したものが知られているが、従来のこの種のアプセツト形ボルトは、別紙図面中第3図に示すように、頭部(2)に加工されたくぼみ(1)の底部を平らにするか、同図面第4図に示すように、くぼみ(1)を六角形の頭部(2)の形状に沿わない球面状としたものが普通であり、そのため、前者の場合は、くぼみ(1)の平らな底面部に材料が流れないデツドメタル域(イ)が形成され、頭部(2)の加工時に生じる最大加工域である応力集中部(ロ)が軸部の付根直上まで降下することとなつて、付根から頭部(2)が破断したものとなることがあり、後者の場合は、球面上のくぼみ(1)と六角形の頭部(2)との間の肉厚が不均一となるために、頭部(2)の角度を十分に出し難く、十分にこの角度を出そうとするには大きな加圧力を要し、成形加工のための型の寿命が短くなるとともに、生産性も悪いという難点があつたこと、(2)本願考案は、右の難点を除いたアプセツト形ボルトを目的として、本願考案の要旨(実用新案登録請求の範囲の記載に同じ。)のとおりの構成を採用したものであること、(3)本願考案を別紙図面中第1図及び第2図に示す実施例について説明すると、(1)は、ボルト主体(10)の六角形の頭部(2)の頂面に打設されたくぼみであつて、該くぼみ(1)の深さは、該頭部厚み(H)の略2/3としたものであるが、該くぼみ(1)を形成する最下方のくぼみ底部(3)は、その上端が頭部厚み(H)の略1/2に達する深さとして、その形状ををボルト呼び径(M)の略1/2の曲率半径を有する球面としており、そして、前記くぼみ底部(3)の上部には、ボルト呼び径(M)の1.7倍ないし2倍の曲率半径を有し、かつ、該くぼみ底部(3)とは逆に彎曲した中間曲面(4)を滑かに続かせ、更に、前記中間曲面(4)の上部には、六角形の頭部(2)の外面形状に沿う六角形の壁面よりなる立ち上り部(5)を、その深さを頭部厚み(H)の略1/4に相当するものとして続かせていること、(4)本願考案の構成のものにおいては、頭部(2)の頂面に打設されたくぼみ(1)における曲率半径をボルト呼び径の略1/2とするくぼみ底部(3)とその上部に続かせたボルト呼び径の1.7倍ないし2倍の曲率半径を有して前記くぼみ底部(3)とは逆に彎曲した中間曲面(4)とからなる変形球面形状部は、その打設の際のパンチ直下において材料をデツドメタル域が形成されない流れとして成形加工されるものであつて、その頭部(2)の加工時に生じる最大加工域である応力集中部も、前記くぼみ底部(3)に沿つた近い部分、すなわち頭部(2)の軸部付根から離れたところとなつているため、頭部(2)は軸部付根から破断されるおそれがなく、しかも、ボルトのくさび引張強さ、降伏強さなどの機械的強度は、くぼみ(1)が打設されていないボルトに劣ることはなく、更に、くぼみ(1)の深さを頭部厚みの略2/3としている頭部厚みの略1/4に相当する立ち上り部(5)が頭部形状に沿つたもの、すなわち相似の同形のものとしていることは、機械的強度を大とする効果があるが、くぼみ(1)を打設する際に頭部(2)を六角形のものとする場合でも、該立ち上り部(5)の肉厚を均一として頭部(2)の角部を的確に出たものとすることが容易であるため、特に大きな加圧力を必要とせず、成形加工の形の寿命を短くすることもなく、生産性もよいものであり、なお、前記立ち上り部(5)の深さを頭部厚みの略1/4よりも大とすると、くぼみ(1)を打設する際に材料の流れ(メタルフロー)が乱れてデツドメタル域を形成し、破断されやすいものとなるとともに、頭飛びの危険もあり、また、前記のような深さのくぼみ(1)は、ボルトとしての軽量化及び材料の節約を大きく図れるものであり、そして、立ち上り部(5)を頭部厚みの略1/4としたことは、前記の効果のほか、スパナなどの締付工具を的確に係合させることができて締付工具の締付力は確実に伝達されるものであること、などと記載されていることが認められ、右認定の事実によれば、本願考案は、本願考案の要旨のとおりのくぼみを頭部の頂面に打設したことを特徴とするアプセツト形ボルトに係るのものであるところ、本願考案の明細書には、くぼみの形状について、曲率半径をボルト呼び径の略1/2とするくぼみ底部(3)の上部にボルト呼び径の1.7倍ないし2倍の曲率半径を有する前記くぼみ底部(3)とは逆に彎曲した中間曲面(4)を続かせる変形球面形状部の構成を採用することにより、従前のアプセツト形ボルトにみられる底部の平らなくぼみが有する難点を解消し、打設の際のパンチ直下において材料をデツドメタル域が形成されない流れとして成形加工されるものであつて、その頭部(2)の加工時に生じる最大加工域である応力集中部も、前記くぼみ底部(3)に沿つた近い部分、すなわち頭部(2)の軸部付根から離れたところとなつているため、頭部(2)は軸部付根から破断されるおそれがなく、しかも、ボルトのくさび引張強さ、降伏強さなどの機械的強度は、くぼみ(1)が打設されていないボルトに劣ることはないという効果を奏するものであり、また、右の中間曲面(4)の上部に頭部厚みの略1/4に相当する立ち上り部(5)を頭部形状に沿つて続かせてなる深さを頭部厚みの略2/3とする構成を採用することにより、機械的強度を大とするほか、くぼみ(1)を打設する際に頭部(2)を六角形のものとする場合でも、該立ち上り部(5)の肉厚を均一として頭部(2)の角部を的確に出たものとすることが容易であり、そのため、特に大きな加圧力を必要とせず、成形加工の型の寿命を短くすることもなく、生産性もよいという効果を奏し、更に、右のような深さのくぼみ(1)の構成を採用したことにより、ボルトとしての軽量化及び材料の節約を大きく図られるという効果を、また、立ち上り部(5)を頭部厚みの略1/4とした構成を採用したことにより、スパナなどの締付工具を的確に係合させることができて締付工具の締付力が確実に伝達されるという効果を奏するものであることが記載されているものと認められるのであつて、叙上認定したところによると、本願考案の明細書には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、本願考案の効果が記載されており、したがつて、本件実用新案登録出願は、実用新案法第5条第3項に規定する要件を満たしているものというべきである。この点に関して、被告は、右規定についてその解釈を示したうえ、本願考案は、数値を除いた構成だけでは、公知又は周知の事項の単なる組合せにすぎないものであつて登録性がなく、数値で限定してはじめて登録性が生じるたぐいのものであるから、本願考案の明細書には、その数値に対応した効果を記載する必要があるところ、数値に対応した効果が記載されていない以上、本件実用新案登録出願は右規定に定める要件を満たしていない旨主張するので、審案するに、前認定の事実によると、本願考案における数値は、その余の構成要素とともに、くぼみ(1)の形状を含む本願考案のアプセツト形ボルトの形状を特定するために用いられたものであつて、数値のそれぞれに対応した効果をもつて本願考案の効果ということはできないから、本願考案の明細書に右の効果が記載されていないからといつて本願考案の効果が記載されていないものということはできず、かえつて、本願考案の明細書には、数値及びその余の構成要素によつて特定されたくぼみ(1)及び立ち上り部(5)等の構成を採用したことによる効果を含め本願考案自体の効果が記載されており、本願考案の目的及び構成の記載と相まつて、本願考案の明細書の記載に基づき当業者が容易に本願考案の実施をすることができるものと認められ、それ以上に数値に対応した効果の記載がない限り当業者が容易に本願考案の実施をすることができないものとは到底認め難いところであり、したがつて、被告の右主張は、採用するに由ないものといわざるを得ない。

してみれば、本願考案の明細書における効果の記載が不備であり、実用新案法第5条第3項所定の要件を満たしていないとした本件審決は、この点の認定判断を誤つたものというほかない。

(結語)

3 以上のとおりであるから、その主張の点に違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(武居二郎 高山晨 清永利亮)

〈以下省略〉

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